営業効率

難しく言えば、構造のモデル化、簡単に言えば、世の中の仕組みを知ることが全てだ。
仕組みを知るために必要な情報をとにかく集める。
情報がなければ勝つことはできない。
気合いよりも、労働時間よりも、知名度よりも、なによりも幅広い情報が行くべき道を指示してくれる。

情報は、効率よく取り入れるアンテナが重要だ。
情報を取り入れるにもコストがかかる。アンテナの効率と同じだ。

例えば、とにかく誰でもいいから人とつながって、
毎晩のように東京に出て酒を飲んで話込んでいたんじゃ、効率が悪くて話にならない。

それこそ、世の中の構造をおぼろげながらでもいいので把握して、
もっとも効率的に思える人物なりにターゲットをしぼり、
ピンポイントで情報を取り入れていく。
そして構造がすこし明らかになれば、またピンポイントに打っていく。
最短かつ最大効率の情報収集だ。
そういう意味で、僕は一般に言われる営業的な意味よりもさらに高次の収束をしたい。
根底には無駄嫌いがある。無駄は嫌いだ。本当に、無駄と思える事をするのは耐えられない。

助けたい人も育てたい人も恩返ししたい人も、たくさんいる。
効率だ。ノールール、既成概念を取っ払って、他人の物差しじゃなく、自分の物差しで、
自分のために最も効率がいいことだけをやる。
他人や周りの言うことに踊らされず、
常に自分だけを見つめてそれができるか。参入障壁はそこなんじゃないかと思う。

頭の整理 単一の規模の限界と分散システムの時代

頭の整理!

至極一般的な話、単一のやり方には最適な規模というものがある。そして最適な規模をオーバーして拡大させれば効率が犠牲になる。あるとき、ペイしなくなる。次に起きるのは、効率の良い小規模なものを大規模にまとめあげるシステムの進化だ。

生物の進化になぞらえれば、一時期、恐竜の時代、生物は体を巨大化させた。巨大化することが生存競争に有利になる。でも実際は巨大化することのデメリットが表面化しなかっただけだった。環境変化によって潜在的なデメリットが露呈してすぐ絶滅した。次に台頭したのは単一の個体が巨大な生き物ではなく「社会性」であった。それは単一の個体として最適な大きさをもちながら、それが別個体と連携して、擬似的に巨大な生物として維持されていく仕組みで、たとえば人間がそれにあたる。

例えばCPU、単一コアの微細化と高速化は限界が見えている。だからコアを複数持たせるとかGPGPUのように並列処理に特化したアーキテクチャの方向に進化している。例えば機械学習。単一の汎用の大規模な学習器ではなく、一つ一つは単純な判別をする学習器を組み合わせ、それを重み付けにのネットワークを構成することで全体として規模と性能を両立した学習器に仕立てる。

もちろん、この流れはビジネスや社会システムにも起きる。

もともと、強力な中央集権が抱える問題ゆえに、地方分権が考えられた。要するに、1人の王様がみんなから搾取しまくると、配下の能力のある人間から常にクーデターを企てられ、その繰り返しで国家として疲弊して、外敵に負ける。この構造的な問題に対して、能力のある人間にはそれなりに権力を分け与えて「ミニ王様」をやらせることで、自らのクーデターを企てられる確率を低くする。王様としては、頭と尻尾はくれてやるから、システム全体としての持続可能性を高めることができる。

じゃあビジネスの視点で考えると、小規模の集合体が集まっていく時代という考え方になるのだけれど、ではどのぐらいの小規模を束ねるのが一番良いかという話になる。たぶんそこがフロンティア。前のイジメのエントリに書いたけれど、スポットライトがあたらない価値というのは、本当に絶大だと思う。

ニコ動で感じたイノベーションのジレンマ

ニコ動でマトリョーシカ800万再生いってて驚いた。
進撃の巨人1話無料が300万だから。
5年前の音楽のPVやらで、800万再生いってるの、あるんだろうか。

たぶん、本当に求められていたのはこれで、音楽レーベルが作った音楽は過剰になっていた。
イノベーションのジレンマの構図を感じた。

売り手は、買い手のニーズを追及しすぎて、本当に欲しがっているものとはズレたものを提供してしまう。買い手は、売られている物の中から選ぶしかないので、いつのまにか本当にほしい物を自分自身で忘れてしまう。売り手は買い手のニーズをしっかり見ていると思い込んでいるが、実際は、売り手が顧客を洗脳した状態にしている。買い手は買い手で、自分自身が本当に欲しい物を忘れてしまい、売り手が売るものを買うだけになる。一種の思考停止状態だ。

このギャップがある程度進んだ時に、ふと、忘れ去れていた「本当に欲しかったもの」をダイレクトに提供する人が現れる。そして一気にそこに買い手が流れ込み、ズレていたニーズをホンモノだと思い込んでいた売り手は死に、本当に欲しかったものを提供した人が新たな売り手となる。

そしてその新たな売り手も、しばらくすると、買い手から本当に欲しがっている物を忘れ初めて、以降繰り返される。

だから、一見完成されたように見える市場に対しも、新たに参入するチャンスがないわけではない。
イノベーションのジレンマを自己認識できない企業は、新たな参入者につけこまれるスキを与えてしまう。
ベンチャーはスキのある市場を常に探している。

サッポロ一番が強いのは、成長のためと称してサッポロ一番2やスーパーサッポロ一番にメインストリームを切り替えようとせずに、サッポロ一番を売り続けていることにある。最適解はそこにある。

そしてイノベーションのジレンマは何も企業体や経済活動にとどまらず、人の生き方に対しても普遍的に起きることだと思っている。

成長成長と煽られ、教育教育と縛られ、付加価値でブグブクに太らされ、本当は自分が欲しくないものを何故か自分自身で気が付かないままに追いかけてしまっている人が多い事、多い事。人が本当に欲しいものは古来変わることはなくて、答えは生活の中の小さいこと、例えば散歩しながら季節の変わり目を感じる瞬間にあったりするのに。

事務所増室

事務所がいよいよ狭すぎて作業に支障がでてきたので、いま借りているレンタルラボの隣の部屋をもう一室借りて、面積を倍増させることに。

もちろん家賃も倍増だからその分稼がないといけないんだけど。。。

そして、嫁が仕事を一部手伝ってくれることに。
本当にありがたい。
1日2時間、次女を連れての作業手伝い。
夫婦で仕事をするということで、いよいよ自営業臭くなってきた。
自分も小さい頃に父親の事務所に遊びに行ったりしていた記憶がある。
どこか懐かしくて嬉しい気分。

増室の記念に、応接セットと嫁の事務服を準備することに。
これで僅かに企業っぽい雰囲気になってくれると期待。

んで、投じたカネの分、とにかく、製品作りまくって、攻めまくらねば。。。

無駄打ちせず、引き付けるだけ引き付けて打つ

経営の現場の話を。

弱い者が強い物に挑むときには、必ず智慧が要る。

金も名もないウチみたいな零細企業が置かれる立場は、そんなところ。

事業をスタートするにあたり、初めに少し投資してテスト販売なりテストマーケティングをしてみる。
そして、手ごたえ、つまりお金が回りそうなことが確認できたら、次にどうするか。
ここがポイントで、いきなり1億集めてロケットスタートするようなやり方が良いケースと、そうでないケースをきちんと見極めなくちゃいけない。
場合によっては、”競合が気にもしないような規模で”事業をスタートさせるという方針が良いケースがある。
言い換えれば「戦略的に成長させない」。

そして時が来たときに不意打ちする。

国にしても同じ。

ずっと新興国のふりをしていた国が、外部の資本を受け付けず、弱いなりに地道に自分たちの国力をシコシコと育てあげ、潜りに潜って、ある時突然、先進国に対して威嚇する。

人は油断する生き物で、油断しているときに不意打ちされることに大変弱い。
たとえそれが予測できていたとしても、現実的な対応を取れない弱さがある。

突然牙を剥いた国に、列強は、その顔色こそ変えないものの、内心はパニックになる。
パニックになれば占めたもので、内部の政治は混乱に陥り、スキができる。

そのスキを見つけて一気に形勢逆転を狙う。
柔道じゃないけど。

事業もまったく同じで、スキを待つ。
相手にスキがなければ、何年でも潜り、耐え抜く。

強者は、弱者の野心に気が付けば、その弱者を殺すのが通例だ。
それは歴史が証明しているし、人間がこのDNAを持つ限り、暴力が経済やら宗教やらに形を変えることはあれど、本質は変わることはない。

だから、もし途中で、弱い段階で野心を見せて事業拡大を狙えば、たちまち潰されてしまう。

さらにこれを応用した、弱者同士の潰し合いもある。
ある弱者に、業界を同じくする弱者がいたとして、「○○と事業連携したほうがいいと思いますよ」とか「こういうプロモーションをすればいいですよ」というアドバイスを与え、わざと強者に気が付かせる施策を行わせ、場合により潰れさせ、そうでなくとも、強者がどういう反応をするかの試金石として使う。

逆に言えば、自分も常にそのリスクを考えながらアドバイスを聞く必要がある。

大なり小なり、経営をやるということは、智慧の戦いになる。
そういうことをしたくないならば、野心を持たず、弱者と強者にもならず、傍観するのが賢明だ。
特に今の時代、傍観に対してペナルティはほぼない、素晴らしい時代だと思う。
100年前であれば傍観は許されなかった。
今の時代、もっとも賢いのは傍観者なのかもしれない。