命拾い2

もう退院してピンピン元通りなのでご心配無用なのですが、実は先日、突然2才の娘が入院する事件がありました。

夜中に突然お腹が痛いと訴え、あれよあれよという間にお腹をかかえて苦しみだし、これは普通じゃないということで近くの救急に連れて行ったのです。原因は、腸重積といって、腸が腸自身を物理的に挟み込んでしまい、そのまま放置すると腸が壊死を起して死に至る、実に恐ろしい病気でした。現代では治療方法が確立されていて、発症から24時間以内にお尻から生理食塩水で腸に圧力を掛けて押し戻すことで、90%程度は回復するとのことで、娘もこの処置で難なく回復しました。残りのケースは手術になるらしいです。嫁が小児科の看護師をやっていたことと、近くに大きい病院があったため、迅速な処置ができたのが幸いでした。処置のあとすぐに良くなり、再発の可能性があるためひと晩病院で寝て、次の日には問題なく退院となりました。

決して稀な病気ではなく、小児救急では腹痛でまず疑うべきメジャーな病気で、発症率は3才以下の乳幼児に数百人に一人という割合とのこと。医学が発達していない頃に乳児の死亡率がとても高かったのは、この腸重積みたいな、現代では治療方法が確立された病気でも簡単に命を落としてしまうからでした。むかしは乳幼児突然死症候群として扱われたりしていたらしいです。

50年前なら娘は死んでいたと思います。
乳幼児なので全額補助ですから、治療と入院すべて含めて、私が支払ったのは600円でした。
考えさせられます。

助けてくれた人たちに僕がやれることは何だろうと、少し考えました。
結論は、必要以上に喜んだり沈んだりせず、やるべきことをやっていくしかない、ということになりました。
明日からまたコツコツと仕事をします。

友人結婚式@白金

ゲホゲホ終了!!! 抗生剤漬けになること1週間、まだちょっと鼻が出るけど、ほとんど治ったっぽい。
健康が一番なのですよ健康が。

で、大学時代の友人の結婚式にいってきた。ずーっと仲の良い連中の一人なので、久しぶりー!!おめでとーー!!って感じよりは、ついに結婚したかーいいねぇいいねぇみたいなノリで非常にリラックスして楽しめた。あとゴハン美味しかった。
披露宴のサプライズ余興でAKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ったんだけど、ここ3週間ぐらい毎日風呂上りに5分間、YouTubeみて練習してたら、2才半になる娘も結構フリを覚えた。おかげで本番も終わって恋チュン踊る理由はなくなったにもかかわらず、YouTubeを見せろと要求されている。

あと、披露宴のテーブルで大学同期で集まって話をしてたとき、大学の連中であつまってこうやってまっ昼間から酒飲む日がたまに欲しいなーっていう話が出てた。ほんとそれいいかも。慶事でもない限りそういう機会ないもんなぁ。忘年会はみんなシーズンが被ったりして意外に難しい。あと、子供ができると夜に留守にするのけっこう難しい。そこで、白昼堂々ビールをプシュと開けるっていうのがいいかもしれん。眺めのいい場所で。

企画してみっかなーーー

風邪こじらせてゲホゲホ真っ最中です

今月の始めに引いた鼻風邪がずるずると長引いて、1週間前から悪化。
ものすごい色の鼻水と咳に見舞われ、咳で夜も寝れず、さすがにヤバそうだと思って病院へ。
抗生剤を含めて4種類ものお薬をいただいてきました。
とりあえず咳き込みすぎておえーーってなるの、勘弁してほしい…
熱はまったくない。呼吸器が壊れてる。
どうしたもんだか。
こんなに風邪で病院いったりすることなかったのに、やっぱり年なのかなぁ。

風邪はさておき、最近はポカポカ陽気になってきたこともあり、仕事はガンガン攻めるモード。
今年の目玉商品の開発が大詰め。
広告も出すし、展示会やイベント出展にも乗り出す。
3年目の勝負だね。これで勝つ。というか目標達成してダルマの目入れる。

高校の友達の結婚パーティ

結婚したということで二次会に行ってきた@品川。

家族の体調の関係で少しだけで出てきちゃったけど、数少ない高校時代の友人だから、ぜひとも会っておきたかった。10年以上ぶりだったけど、Facebookで写真を見てたから、特に変わった~って感じでもなかった。新郎だけじゃなくて、同じクラスだった友達とも10年以上ぶりに会えた。さすがに年月を感じた。

いま振り返れば、高校の3年間は、大学時代4年間かそれ以上に重要だったかも。大学の時みたいに楽しかった思い出だけじゃない。色々なことに常に毎日悩み続けてた。そして今になっても、喉の奥に引っかかってる未消化なことがいくつかある。いつまでも引っかかり続けるという意味でも、高校は忘れられない。いつかは成仏させてやろう思う。やらずには死ねない。新郎新婦と友達含めて1枚だけ記念に写真撮ってきたけど、大切な写真になった。僅かな時間だったけど、行って本当によかった。高校時代は確かに実在してたんだと確認できた。

それと、せっかく茨城に帰ってきたこともあるし、事業のこともあるし、地元の付き合いも少しずつしていきたいなと思った。忙しくて余裕ないけど、少しずつ。