坂東太郎グループの「強さ」を感じる

上の娘が手足口病をもらってきて、その後妻に感染。
手と足はいいとして、口の中に口内炎ができて固形物が食えない状態がかわいそうだ。。。
僕にも来るかな~と思ってたけど、大丈夫だった。
下の娘といえば、遅めの歩行開始だったけど、すっかり歩くのが楽しくなってる。

201606

写真は研究学園の坂東太郎にて。

いろいろファミリー系のレストランにいったけれど坂東太郎グループの各店舗のコンセプトのうちだし方やらサービスにはいつも感心する。坂東太郎はわが茨城県の地場系レストラン外食グループで、Webによれば創業は昭和50年、従業員は200名。

研究学園にある家族レストラン坂東太郎には、それなりに広い「庭」がある。そこには金魚も泳いでいるし、アメンボもいる。先日行ったときにはあいにく席が30分待ちだった。普通の店ならあきらめていた。でも庭のおかけで子供たちは夢中で遊んでいられた。そこで心底感心して坂東太郎を意識した。これだけの庭を維持するにも相当のお金がかかっているはず。もし目の前の金のことだけを考えたらこの庭は作らないだろう。さらに店内は全席個室。動き回る小さい子連れにとってはゆっくりと気兼ねなく過ごせてうれしい。でも、面積当たりの売上や回転率を考えたら全席個室という選択肢は出てこないだろう。もちろんその分メニューの単価は全国チェーンと比べると高い。家族単価は5000円ぐらいか。それでも質は良いし、庭や個室を考えれば十分に価値がある。特につくばという子育て世代の多さや可処分所得が比較的大きいという土地柄を見てのデザインだろう。

これを実現している背景に強烈な「割り切り」というか「選択と集中」のセンスを感じる。あらゆる客を幅広く取り込むというマス的なマーケティングではなく、たとえ一店舗あたりの費用対効果が低くなったとしてもきっちりニッチのシェアを確実に押さえていく。そして鋭く刺さる店舗コンセプトを複数展開して、束ねて収益を確保する。だから、おなじく坂東太郎グループの「ひなの」も素晴らしい。

以前、妻の地元の新潟でも、子連れでファミリー和食系の地場系チェーンに行った。それと比較しても、地場系の同業他社で抜きんでている印象だ。すべて牽引しているのは同社のかかげる「親孝行」コンセプトを中心に置いたブレのない経営だろう。

ある程度の「余裕」がなければ、こういうコンセプト中心の経営はできない。決して短期的利益にはならないからだ。

だから、「余裕」が出てきた時には、坂東太郎よろしく、「余裕」を持っている時にしかできないオペレーションを実行すべきだ。それが「余裕」を持たない競合への参入障壁になる。

僕も、肝に銘じて頑張ろうと思う。

brexit、信用収縮

今回の英国の国民投票は、資本主義や金融経済の秩序の大きな調整が近いことを示すひとつの事象だ。

先のリーマンショックにしろ、世界的な規模とは言っても、国際秩序との連動までにはならなかった。ここにきて、国家や社会の秩序と連動した信用収縮(バブル崩壊)の懸念が高まっている。これは歴史上初のことで、これから数十年は20世紀に築いたものの崩壊プロセスとして記録されると思う。

信用収縮とはつまり財の相対価値が下がるということで、財をもっている人間であればあるほど、端的に言えば金持ちであればあるほど、信用収縮のダメージが大きい。

金持ち、特に生まれつきの資産家は、金持ちであることがアイデンティティの基盤だ。金を失うことは自分を失うことと同じだと信じ込んでいる。だから信用収縮が怖くて仕方ない。いつ自分の手持ち財産が消えて庶民になるかと恐れていて、それを回避するためには自分の存在とアイデンティティをかけて死ぬ気になる。

金持ちは財産をいろいろな形で保有する。
株式・現金・債権・土地・不動産。いわゆるリスク分散。
このうち株は少しのバブル崩壊ですぐに価値が上下する。
世界経済レベルの信用収縮が起きれば、通貨や国債ですら危ない。
だからすべて現金や株式で保持する金持ちはいない。
だいたい、不動産やら油田やら鉱山やら、財産の一部は実需があるものに変えておく。
それでも不動産の利回りなんてよくて数%、リスクもそれなりに大きい。

理想的なのは「事業」だ。株による間接的な会社の保有ではなく。人間の欲とお金を交換することのできる力だ。食品だってソフトウェアだってトイレットペーパーだってなんでもいい。すべての財の根源はここにある。

逆に言えば、いま迎えている資本主義と金融経済の崩壊は、お金と欲が交換不能になってきているのが本質だ。実需が細ってきている。もっと簡単に言えば、みんな買いたいものがなくなっている。いや、買いたいものがないんじゃなくて、努力してまで欲しいものがない、か。

い、忙しい…

いろいろと平行して受けた仕事の納期やら報告やらが5月~6月に集中しちゃって、負荷100%に近い。
毎日4時間ぐらいの睡眠時間で慢性的な寝不足になってるし。
本当はだめなんだよなぁ社長が負荷100%じゃ。。。
夏以降は絞って行こう。

でも最近、製造機械とプロ用の基板CAD買ったので気分的には設備投資でニコニコ。

先日はつくばフェスティバル。
嫁が体調不良でダウンしていたので
娘二人を連れて散歩がてら色々とまわってきた。

0615

メーマリのタイラーメンが美味しかった。

あと、最近下の娘がやっとまともに歩けるようになった。
シャフリングベビーとやらで、歩くのが遅くなるのはわかってはいたけど、ちと心配だったよ。。
元気にいたずらしている。

恐竜博2016と高校以来の上野公園

深夜2時だけど、窓を開け放っていても気温が気持ちいい。
昼間は30度超えて、もう暑い。

土曜日、家族4人で電車に乗って上野でやっている恐竜博2016に行ってきた。
というのも、上の子が突然恐竜に目覚めたらしく、
図鑑を買ってあげたらそれなりに見ているので、
それじゃあ現物のデカさを教えてやろうということに。

saur

ティラノサウルスの骨を見てそれなのに楽しんでいる様子。
自分も、こういうの見るのはいつぶりだろう。
何十年ぶりな気がする。

本当にこういう動物がいた時代があったんだなと思うと不思議だ。
恐竜からすれば、自分の骨が6500万年後にネズミの末裔共の見せ物にされているわけだ。
必然と偶然がわからなくなってくる。

実に17,8年ぐらいぶりに上野公園を歩いた。
最後に来たのは覚えている。高校2年生の時だ。
どこに座ったのかも覚えていた。
やっぱり風景はそれほど変わらない。
石やら木やらは、10年20年では、そう変わらない。
10年20年ですっかり変わってしまうのは人のほうだ。
その当時のまま残っている人なんて誰もいない。
みんなの頭の記憶にはそれぞれわずかに残ってはいるけれど、
誰もその時代が何だったのかわからないままだ。
こじつけては現在の飯のタネやら酒のツマミにしているぐらい。
世の中の有象無象の出来事の一つというロジックはもちろん理解はできる。
けど、自分にとっては、有象無象は話で聞いただけで、
やっぱり唯一知っているのは、ただひとつの自分の体験したことだけだからなぁ。

悔いなく生きたいと思うけれど、悔いなく生きるなんてそもそも無理だし、
何をすべきだろうなぁ、と今日もひたすらに自問しつづける日々でございます。

営業効率

難しく言えば、構造のモデル化、簡単に言えば、世の中の仕組みを知ることが全てだ。
仕組みを知るために必要な情報をとにかく集める。
情報がなければ勝つことはできない。
気合いよりも、労働時間よりも、知名度よりも、なによりも幅広い情報が行くべき道を指示してくれる。

情報は、効率よく取り入れるアンテナが重要だ。
情報を取り入れるにもコストがかかる。アンテナの効率と同じだ。

例えば、とにかく誰でもいいから人とつながって、
毎晩のように東京に出て酒を飲んで話込んでいたんじゃ、効率が悪くて話にならない。

それこそ、世の中の構造をおぼろげながらでもいいので把握して、
もっとも効率的に思える人物なりにターゲットをしぼり、
ピンポイントで情報を取り入れていく。
そして構造がすこし明らかになれば、またピンポイントに打っていく。
最短かつ最大効率の情報収集だ。
そういう意味で、僕は一般に言われる営業的な意味よりもさらに高次の収束をしたい。
根底には無駄嫌いがある。無駄は嫌いだ。本当に、無駄と思える事をするのは耐えられない。

助けたい人も育てたい人も恩返ししたい人も、たくさんいる。
効率だ。ノールール、既成概念を取っ払って、他人の物差しじゃなく、自分の物差しで、
自分のために最も効率がいいことだけをやる。
他人や周りの言うことに踊らされず、
常に自分だけを見つめてそれができるか。参入障壁はそこなんじゃないかと思う。