社会人3年目になったので、かねてから疑問だった「学生と社会人の違い」について、正直な感想を残しておく。いま大学生やってる人向けの話。違いというよりは、学生の時に描いていた社会人と、実際の社会人のギャップかも。そしてたぶん都会の大手企業のサラリーマンの傾向かな。公務員とかはまた少し違うと思う。けど、大まかな本質は一緒です。
・自分の時間がない
まずとにもかくにも、時間がない。学生の時に考えていた「忙しい」とは質が違う。自分の意思で自由に制約無く使える時間が一日数時間しかないです。必ず自分以外の事情が絡む。学生のときの卒論締め切り近くなると、自分のやりたいことが制約されて、「卒業」のために時間を拘束されると思うけど、あの状態が死ぬまで続くと思ってもらって構いません。
時間がなくなると、生活に余裕がなくなります。気にしなくてはならないことが学生の時と比較できないほどに多くなるので、あまり細かいことを覚えていられなくなります。友達と会っても、前回何を話したのか忘れて、同じ話を繰り返したりすることが多くなります。
・目標が用意されていない
学生の時は社会人になるという次の明確なステップがあり、そのために学生でいるということが、大前提としてあります。これは学生のときには普段意識しないかもしれません。しかし、社会人になると次の明確なステップが用意されません。だから、自分が何のために何をやっているのか、わからなくなりがちです。他人から筋道を与えられるのは、学生までです。社会人は、自分が何のために何をやっているのかを、自分で納得させる必要があります。
このとき、往々にして、自分への自信が必要になります。自信がないと、これでいいのか、と悩み続けることになります。自信を付ける以外に出口はありません。(自信=スキルの高さ、というのは大きな間違い!)たとえニートになっても次のステップは用意されていない点は同じです。自分が何のために何をやっているのかわからなくなります。自信を付ける以外にどうやっても回避することはできません。
・モチベーションが低い
これは特に大企業での傾向が著しいはず。ベンチャーはあてはまらないかもしれません。
学生のときの社会人(特にサラリーマン)像は、往々にして事実とはかけ離れたものです。「論理的に思考し、報告・連絡・相談を怠らず、与えられたミッションに対して成果を出す」という典型的な仕事の進め方モデルがあると思います。実際には大量の仕事を抱えた中で、そういう仕事の進め方を実現するのは大変に難しいのですが、それよりももっともっと学生の時の予想と違う点があります。
それは、前述した仕事進め方を「周りのみんなが大前提として持っている」という間違いです。もっと単刀直入に言えば、論理的に思考せず、報告・連絡・相談を怠り、与えられたミッションに対して成果を出さない人が80%を占める、ということです。
理由は2つあります。
まず、みんな忙しいからです。余裕があれば誰だってキチンとした仕事の進め方をしたいと思うでしょう。しかし、それができる人は稀です。論理的な思考ができないほど切羽詰まった状態だと思ってください。(一時的に忙しいから、という話ではないです)
次に、理想的な仕事の仕方をしなくても給料がもらえるからです。理想的な仕事の進め方・理想的な社会人像に近づくことを第一目標に掲げている人は、大変マイノリティです。これは新入社員が「元気がいいな」と言われる理由です。本来ならば、そういう理想を掲げながら仕事を進める人が過半数を占めるべきなのですが、それは理想です。年をとればとるほど、効率良く給料を稼ぐ方向に仕事のスタイルはシフトしていきます。繰り返しますが、ほとんどのサラリーマンの第一目標は給料であって、自分の夢ではありません。
・まとめ
上述の事情を踏まえて、学生の頃の社会人像を維持しながら、余裕を持った生活を送り、給料を稼ぐ人は、本当に稀です。都会のサラリーマン生活は、大変に泥臭いですし、ルールもないし、教科書もありません。
なんでこんなエントリを書いたかと言うと、上記の事情を社会人になるまで明示的に伝えない、今の日本の教育スタイルがよくないと思うからです。学校でも親でもいいですが、理想を教える一方で、きちんと現実を教えるべきです。いまの若者は生まれてから親・教師・テレビ含めて、理想しか教えられる機会がない。だから「私は教わった通りに生きられない、駄目な人間だ。親はこう言っていた、先生もこう言っていた、雑誌もテレビもこう言っていた。なのに自分はそう生きられない。」という思考になりがちだ。そんなこと言っていたら幸せになれないわけですよ。大前提がおかしい。そもそも人間は弱く、うつろい易いし、強欲である。そういう避けては通れない現実を踏まえた上で、ギャップに苦しみながら崇高な理想に向かうこと自体に価値があると教えるべきなんです。
たぶん。