MRIでパニック!!!

いやーーホントびっくりしたよ。
知らない自分を知った。。。

-------経緯--------

先日から首が痛いので、整形外科にいったら、「ヘルニアかもしれないし一回MRIで首の骨みておきましょ」ということになり、今日MRIを撮影してきた。

入ってみると噂通りすごい音でガンガンうるさい。
狭いし、嫌だなぁと思いながらも、寝そうになったり、音を聞いていた。

残り5分ぐらいで終わり、という時、突然の異変!

ふと目を開けると目の前にMRIの「壁」。

そりゃーMRIだから狭いんだけど、目の前の壁を見たら、
筒の中にガッチリ固定されている自分を「感じた」。

想像した、というのが正しい??かも

そんで「俺いま体ぜったいに動けないな~」みたいなことを一瞬考えた。

すると体がウズウズする。

「動くなよ、動いちゃだめだよ」と言われると動きたくなる、という感覚。

体はウズウズするので、意識で再び「動けない」と確認する。

すると、体はどんどん動きたくなる。
ガッツリ固定されている自分を感じれば感じるほど、意識じゃなくて本能が体を動かそうとする。

意識「動けない」
体 動きたいんだよ!!
意識「動けないから!!」
体 動きたいっつってんだろぉおおぉ!!
意識「動けないから!!!」
体 うごきてぇぇぇぇええええええぇぇぇぇ

む、なんだか心臓がドキドキしてきた・・・

ふーーふーーーふーーーーふーーーーーーーー
呼吸が早くなってきたぞ!!?

いかん、とりあえず深呼吸、深呼吸・・・

って吸えば吸うほど脈が速く・・・!?

なんかやばいな、
あ、でも俺いま動けねえじゃん
苦しいのに動けないじゃん!!!
え、まじで、まじで??
ドキドキドキドキバクバクバク
なんだこれ、なんだこれ
うおおおお苦しい出してくれえええええええ

というわけで、事前に渡されていた緊急ブザーON!!

「どーしましたー?」

「いや、なんか突然焦りだして心臓バクバクになってやばいです」

「あー閉所恐怖症ですね。あぶないんで、やめておきましょう。2枚だけは撮れたので。」

Oh...閉所恐怖症ってこれ...??

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というわけで、どうやらダメらしいです。

そういえば、おれ極端に電車が嫌いだ。
人ごみ苦手で、ひどいと眩暈するし。
混雑したエレベーターもすげー圧迫感あって嫌い。
ついでに昔からストレスで腹壊すの日常茶飯事だし、
数年前からは胃も壊してるし、
こりゃー相当に自律神経の制御がやられてる臭いな。。。

とにかく、31年間も生きていて、自分がパニック起こす性質をもっていることをまったく知らず、超驚いた。
ぜったいスキューバとかダメだね。
(けどスカイダイビングはやりたい)

しかし、頸椎ヘルニア???かもしれないのにMRI取れないなんてまたひどすぎる。
かろうじて撮れた2枚だけでわかるんだろうか。

若くないし健康第一だな、とかいいながらも、製品開発が楽しくて寝る時間を削って全力で勤しむ毎日。

やりすぎて死ぬタイプの人間であるなことを再確認。

そろそろブレーキかけないとやばいかも..

お絵かき

俺の力作に上書きする娘。

20130423

子育てして、NHK教育テレビ、Eテレの存在意義が、はじめて身に染みてよくわかった。

教育うんぬんのまえに、子供を釘づけにしてくれることの素晴らしさ。

ありがとうEテレ。

最近、毒が抜けてきた

今年の7月で東京からつくばに引っ越して丸2年。
あと3か月。

最近、ようやく、毒が抜けてきた気がする。
分相応に限りなく近づいてきた。
やっと等身大の自分になってきた。

生き方を自分の物差しで測れることが多くなって、31才にして、やっと自己同一性極まった感じがする。

逆に言えば、もう凝り固まったね。
柔軟性はなくなったわ。

でも、次のステージに進むためには、頑固にならないとだめなんだわ。
あれもこれもやってたら、何もできずに死ぬから、幸せのためには、やることをひとつに絞る。

独立する前や、独立してしばらくは、自分の行く方向を、周りから指摘されたり揶揄されることを心のどこかで恐れていた。
今は、たとえそんなことを言われたとしても、鼻で笑えるようになった。
うるせーばか、だね。

娘も成長してるけど、そう考えると、自分も結構成長してるんだなぁと思うわ。

かすみがうら市水族館

やっと春になったと思ったら、寒かったり、あったかいと思ったら猛烈な風だったり。
今日も気温は20度あったのにすげー風だったし。
砂が舞い上がって子供が遊べないよ。
気温22度、無風、快晴。これが来ない。

今年は冬が過ぎても快適になるのが遅い気がするけど、もともと春ってこんな感じだったかな。
歳とったからかな?

そんな天気がよくない日には、公園で子供を遊ばせることができないので、どこかのスポットに連れて行くことになる。けど、だいたいメジャーなスポットは行き尽くした感があるので、たまにはネタでB級スポットに行ってみたくなる。もちろん妻はまったく乗り気じゃない。僕が個人的に行きたいだけ。

で、ちょっと前に、つくばの隣町、茨城県は霞ヶ浦に面したかすみがうら市にある、かすみがうら市水族館に行ってきた。場所はつくば市からは車で45分ぐらい。国道354を太平洋に向かって行く途中、出島で右に入ってしばらく進んだ先、霞ヶ浦湖畔にある。

入口までは写真とったのでドン

かすみがうら市水族館入口

この駐車場の雰囲気…
前に適当な道を走ってドライブしてたときに偶然通りかかって、「こんなところに水族館あるよ!!!」ということになり、後から調べてかすみがうら市水族館であることが判明。一歩間違えば営業していない雰囲気だけど、ちゃんと営業してた。

IMG_20130330_130340

向こう側に見えるのが水族館。

大人一人310円?の入場料を払って、おそるおそる中に入ってみると。。。(写真は撮ってない)

超DIY!

なんか、運営してる人にすげー怒られるかもしれないけど、ものすごく魚が趣味の、お金持ちの人が、趣味が高じて自宅でがんばってたら、ここまで作りこんじゃいました、的な感じ。

もちろん狭い。
同じ茨城県にある有名な大洗水族館と比較したら、ホテルオークラと民宿ぐらい違う。

ひどい表現だ。。

けど、ですよ。けど、、なんか見てて結構楽しかった。
これホント。
フォローじゃなくて、ほんと。

なんだろう、水族館らしくない、アットホームな雰囲気だからか??

もちろん、ホテルオークラも民宿も知らないウチの娘は、楽しんでいた。

お客誰ももいないかと思ったら(失礼)、これまた意外と地元の子供連れがポツポツと来てた。

あと、なんか水族館なんだけどカメとか爬虫類がけっこういた。。。
昆虫も。
もちろんツッコミはしない。
かすみがうら市水族館なら、まったく許されてしまう不思議。

僕おすすめです。
ただ、ホテルオークラを期待するのは間違い。
よくあるイメージの水族館なら大洗に行ってください。。。

公式ホームページ
かすみがうら市水族館

もうね、アドレスがgeocitiesって、俺は好きだ。
DIY感がにじみ出てる。
心が温まった。

と思って、いろいろ調べてたら、デイリーポータルZに出てんじゃん!

小さくても濃厚な水族館

館長が、元半導体技師で脱サラだと・・・!

やばい、アツい!

娘から初めて感じた人間っぽさ

自分はむかしからヒトに対してすごく興味がある。だからヒトの発達過程として自分の娘を観察すると、本当に興味深い。

1才5か月になった娘、最近は言える単語が増えてきた。単語と言っても、発音は日本語の音になっていない。普段一緒に過ごしていない他人から聞けば意味不明な言葉にしか聞こえない。けど、発音と意味の対応付けが明確になっている。よく言われる言葉を挙げてみる。【】は発音。

花【アナ】
石【イシ】
葉っぱ【ハッパ】
バック【バッk】
靴【クッツ】
手【テ】
目【メ】
足【アティ】
鼻【ハナ】
パン【パン】
ご飯【ハン】
にんじん【ディンディン】
トマト【トート】
ブロッコリー【クリィ】
お茶【オテャ】
お母さん【カャタン】
お父さん【トォタン】
あった【アッタ】
赤【アッカ】
丸【マンッ】

名詞が圧倒的に多い。それも、日々の生活、特にご飯や遊びに直結する具体的な名詞が多い。当然と言えば当然だけど。

「あった」が面白い。妻が、娘が知っているものを見つけた時に「あったね」と話かけていたら、覚えたらしい。もちろん細かいニュアンスなんて学習していないので、何かが登場すれば、人に対しても言う。僕が部屋に入ると「あった!」と言う。哲学的。

名詞の中でも、トマトとかバナナみたいに具体的なもの以外に「丸」や「赤」を言う。丸は、マンホールや水玉模様、ボタンなどを指さして言うので、丸い形状を指すために使ってることは間違いない。赤は、物が違っても、おもちゃやクレヨンの赤い色を指して赤と言う。もう抽象的な特徴を分離する能力が備わってる。

そんな娘を見ていて、「頭の中では分かっているけれど表現方法を知らない」状態なんだと思った。名前がつけられる対象、たとえばトマトは、もう頭の中にはできている。それを親の言う「トマト」という音を結びつけてる。

また、結びつける対象は必ずしも音声じゃなくてもいいらしい。たとえば、娘はボールは「ボール」と言わずに、手を丸くするサインで伝えてくる。それでコミュニケーションが取れているから、いっこうに積極的に「ボール」とは言わない。手話が、音声による言葉の代わりになっているのも、すごく納得できた。

でも、そんな娘の言葉の発達を見ていて思ったのは、言葉ってのは本当にヒトの機能のうち「付加価値」の部分なんだなということ。頭でっかちのサルとは、よく言ったもんだ。娘を見ていると、生死を賭けて言葉を話ているんじゃなくて、親と楽しくなりたいとか、親に伝えたいとか、あくまで高次な欲求を満たすために言葉を覚えてる。というか、もし言葉を覚えないと死ぬとしたらサルは生きられないはずで、逆説的に考えれば、言葉は本来生死を分けるためのものではない、つまり生きることがほとんど確定して、その上でさらに必要性があるから言葉が生まれた。そりゃ言葉の通じない外国にいっても餓死では死なないわな。

で、今日、言葉よりもずっと娘が成長してることを感じた事件があった。

そもそも、言葉がいろいろ表現できるようになっている娘を見て、成長してるなーーとは思っていたけど、心のどこかでは、大人である自分とは全く違う「コドモ」っていう別の生き物みたいなイメージが抜けていなかった。

今日、娘が(100%おっぱいを要求しているんだけど、おっぱいとは言わず)妻に「んーーんーー」と何か欲しそうな態度をとってきた。ときどき、「おっぱいが欲しいのを察して」っていうニュアンスでそういうことをする。けど、妻は忙しくて娘の相手をできていなかった。ここで、いままでなら、ワーワーと泣きはじめて、ダダを捏ねてた。コドモってのそういうもんだなと思っていた。

けど、突然、顔を真っ赤にして、ギリッとした目をして、怒って黙り込んだ。妻も自分も、明らかに今までと様子が違うと思ったので、そっと「どうしたの?」とか「何か欲しいの?」って聞いてみても、ガッツリ怒りの顔で黙り込んでいる。頭を撫でても、目を合わせず他の場所をにらんでる。それで「おっぱい飲みたいの?」と言ったら、突然ものすごい勢いで泣き出した。我慢崩れた感じで。

それを見て、ああ、これ、これが人間だわ、こいつ人間になってきてるわ、と思った。

花をハナと言えるとか、丸い物を丸って言えるとか、そんなのは人間の一番上っ面の部分で、べつに偉くもなんともなくて、それよりも人間の持つ一番すばらしいというか凄いものは、この、言葉の及ばない、ぐちゃぐちゃで真っ赤なものをおいてほかにない。単に「心」って書けばいいんのかもわからんけど。

もし、他人に気持ちを伝えるのに「私は本当に本当に本当に本当におっぱいが飲みたいです」っていう言葉だけを伝えたとしても、そのぐちゃぐちゃで狂いそうな程の気持ちのうち、伝わる部分なんて糞みたいなもんだよね。顔を真っ赤して、ギリッとした目で空中を睨み付けて、問いかけに対して黙り込んで、極まって泣き出すことが伝えるものに比べたら、言葉なんて、糞だよ糞。

とはいえ、娘はこれから付加価値だらけの現代社会で生きることになるので、花をハナと言えたり、学校のテストで100点取ってほしいわけだけど、それよりも、ぜひ、真っ赤な顔だったり、ギリッとした目とか、苦くして我慢できずにドバーっと抑えきれない涙とかを、ぜひ優先してもらいたい。人生どうやっても苦しいことから逃げられないんだけど、その優先順位を間違えなければ、苦しい中にも幸せを感じたりできるようになるので。

いやぁ、ほんとうにいい顔だったなぁ。