13年前の夏休みの宿題

(以下 エゴの例え話)

僕は学校が大好きだった。
だけど、夏休みの宿題はやらなかった。

夏休み明け、宿題の未提出者の名前リストが、黒板に書かれる。
僕のほかに何人もおなじようなヤツがいた。

みんな先生にプレッシャーをかけられて
未提出者リストの名前は、どんどん消えていった。

いつも自分だけが最後に残っていた。

そのあとは先生との根競べ。
そのまま粘れば、
ある日「もういいか」と言って先生が黒板のリストを消すことを知っていた。

借金の踏み倒しならぬ、宿題の踏み倒しだ。

いま考えても最悪なガキだなあ。。。

根競べで、僕の方が折れて、宿題をやったことは、なかった。
僕は、自分を曲げたくなかった。
プレッシャーで負けて、やらないと決めたことをやるような人になりたくなかった。
僕は、ユニークでいたかった。
プレッシャーに折れるようなヤツと一緒になりたくなかった。

そういう身勝手な理由で宿題をやらないという、
しかも人一倍ガンコな、面倒な子供だったと思う。

当然、いろいろ先生を困らせた。
でも、先生のことが嫌いだったわけじゃない。
むしろ大好きだったし、憧れていた。
そして、いつか先生に認められたいと思っていた。

あるとき、悪戯の度が過ぎて、先生の人生が変わってしまった。
でも先生は一切僕を責めることはなかった。
一方で僕は大好きな学校と先生から逃げ出した。
それ以来、先生に会っていない。
僕の中ですべて瞬間冷凍された。

その後、大人になって社会に出た。
手元に残された未提出の宿題を見るたびに、
瞬間冷凍されたままの、自分の身勝手への後悔と先生への謝意が、
自分を苦しめるようになった。

それでも、ずっと先生に謝らなかった。
未提出の宿題が、再び学校に行き、先生と会う口実だった。
もし宿題を提出してしまえば、もう学校へ行く理由はない。
先生に会う理由も当然になくなる。
もちろん、とくの昔に学校は終わっている事は知っていた。
けれど未提出の宿題が手元にある限り、
最後にもう一度だけ、大好きな学校と先生がいるあの夏に戻れる気がした。

苦しいのに、その苦しみを失いたくない、という
エゴをエゴで割ったような矛盾を抱え込んだまま、ずっときた。

実は楽観的にも、月日が経てば、先生のことは忘れると思っていた。
時間が解決してくれると思っていた。
けれど、後悔は消えるどころか、どんどん増した。

13年経つと、瞬間冷凍されたそれは、
凍らなかった周囲の記憶がすべて融けて消え、
自分自身でも何故それがあるのか理由を辿りづらくなるほど、
腹の中で黒くて硬い腫瘍のようになった。

そして、これは僕が死ぬ時の最大の悔いになるという予感がした。
毎年大きくなる腫瘍に恐怖心も覚えた。

だから、今日これから、遅れに遅れた宿題を提出することにした。

先生に謝るためと、
大好きな夏休みがもう終わっていることを実感するために。
腹の奥深くに手を突っ込んで、腫瘍を掴み、ちぎり取るために。

やっと、長い長い夏が終わる。
先生、まだいるかなぁ。

いってきた。

先生に会うと、空気のような雑談も早々に、
僕は自身の監視の下、注意深く13年前の僕の解凍した。
うまく解凍されるかどうか心配だったけれど、少し話をしただけで、
案外にすんなりと、僕の中に19才の自分が現れた。
そして彼に身を預けた。

先生には13年前を先週のように語る僕が多少不自然に映ったと思う。

先生に謝った。
先生は「もう、時効だよ。もう過ぎた話だよ。」と言ってくれた。
先生の口からその言葉を聞けたことで救われた。

そして宿題を提出しようとした。
「いまさら宿題はいらないよ」と言われたけれど、
この宿題が手元にある限り苦しいんですと言うと、
先生は、それを受け取ってくれた。

13年経って、再び、
子供のような自分勝手を先生に押し付けた形になったのを感じて、
“ああ、やっぱり変わっていないな、
あの時の先生と僕は、変わらず今の先生と僕だ”
と思った。
嬉しいような悲しいような気がした。

先生は「キミは、いつもそうだね」ぐらいのサラサラした対応だった。
あの時、僕を一切責めなかった先生そのままだった。
そこにまた救われた。

同時に、僕はいつまでも先生に認められることはないと悟った。

とにかく、長い長い夏が終わった。
死ぬときの心残りも少し軽くなった。

だけど、腫瘍を取り去った跡を見てみると、エゴしか見当たらない。

夏目漱石の「こころ」に重ねても、
やっぱり、エゴしか見当たらない。

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