「この国はヤバい」

ここ最近、政治をよくウォッチするようになって気が付いたんだけど、いわゆるネトウヨって呼ばれる人たちもそうでない人たちも、特におっさんになると国や歴史政治の話ばかりするのは、セカイ系コンテンツとして消費してる側面があるんだなと気が付いた。べつにそれが悪いというわけじゃなくて、単に、昔から年を取ると政治・歴史・思想に興味持つ人が増えるように見えるのはなんでだろうと不思議だったから、自分がオッサンになってなるほどそういうことかという感じ。

先日、参院選をやっていたとき、長女に選挙ついて聞かれて説明した。まず「国っていうのがあるんだけどさ」から。

何度も言うけれど、政治や国や歴史や思想はすべては想像上のものであって、フィクション・神話・共同幻想・思い込みだ。触れないし匂いもないし音もしない。他人から「国っていうものがあるんだよ」と教えられ、それを信じて行動しているから実体があるように錯覚しているだけで、つまり洗脳そのものだ。もちろんこの洗脳は基本悪いものじゃない。なるべく生き残れるように淘汰された結果に獲得された、僕たち人間の基本的な習性であって、みんなで力を合わせて生きるための智慧だ。でももし、その洗脳が悪い方向に向かうとどうなるか。

僕が憂うのは、自分の身近な幸せよりも国や政治のほうに目を向けていく人が増えてることだ。個人の満たされない思いを国に重ねれば重ねるほど、つまり戦争に近づく。カルト宗教とまったく同じ構造だ。今回の参院選の某党を見ていると急速に変化しているように感じる。

たぶん、次の選挙やそのさらに次の選挙には「この国はマジでヤバいかもしれない」が広まるだろう。そして延々と低下してきた投票率が底打ちして反転上昇を始めると思う。そうでもしないとヤバいとみんなが思い始めるから。すると一気に国民が割れる。そこが転換点だ。

僕は自分の身近な幸せを守るためにひたすらに頑張ろうと思う。身近・日常を失えば、暴徒化した社会の一員として洗脳され、個を見失うことになるじゃないかと危機感を感じるからだ。

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