塩原までドライブ

出身研究室のOB合宿に参加するために那須塩原までドライブしてきた。
もちろん、Peugeot 207CC、快晴なのでオープントップ!!
花粉がひどいけど、耐えるだけの価値がある快晴度合!

北関東道

294を北上して真岡市まで行き、北関東道に乗り、そこからオートクルーズで那須塩原まで走りきる。
2.5時間で到着。

帰りは、鹿沼から一般道で帰ってきた。
夜中だったのですんなりと帰宅。

さすがに合計5,6時間も運転して、超疲れた。

合宿、OBとして発表もした。
その中で、いままでは学生相手におもしろい発表して学生ウケを狙ったりしてたけど、
今年は、まったくその興味が失せていたことに気づいた。
ここ数年で自分の価値観がガラッと変わったんだな、と改めて実感した。
学生ウケを狙ったところで、目的のものは手に入らないのよね。
中途半端な「おもしろい人」ブランディングは、血も金にも遠い。
発表して、顔を売っておく、それで十分。
時節の挨拶みたいなもの。

でも、恩師のプレゼンからは、今回も刺さる言葉をもらった。

「自分の立場にプライドを持ってください。
 結局、最後にはプライドがすべてですから。」

それは、本当にその通りなんだろうなと、直観で思った。

生まれてから延々と理想論を叩き込まれて、一気に弱肉強食・理不尽の塊のサル山に放たれる

嫁が退院し、2週間以上に渡る実家への避難生活&父子家庭の日々が終了!
方々へお騒がせいたしました。ご心配おかけしまして申し訳ありません。

今回お勉強したこと「血縁」

2週間以上実家で生活したのは、実に高校生以来、12年ぶり? もはや、高校生当時のサル的な自分とはまったく違っているわけで、生活の中で見えるのは年取る両親と自分、次世代の子供。そんな環境の中にずっといたら、なんか血縁て本当にすごいなと思った。運命共同体っていうほうがいいのかな。ムカついても泣いても共同体。世の中で確かなものなんてほとんど無いわけですが、血縁ってのは、それが良いものかどうかはケース・バイ・ケースなものの、間違いなく、超強力なものなんだと肌で感じた。血で作られた以上、血からはどうやっても逃れることはできない。

血縁なんて意識したこともなかったけど、
なんかこういう経験すると、
やっぱり人一人なんて小さいんだなと、スッと頭に入ってくる。

あたりまえなんだけど、若いうちって、それになんで気が付かないんだろーか。。。

生まれてから延々と理想論を叩き込まれて、一気に弱肉強食・理不尽の塊のサル山に放たれる子供。
それと、生まれてから理想論も知らずに支配一色のサル山しかなかった時代の子供。
どっちも、どっちかな。

何度目かのアシノン処方、胃を壊して2年経過

久しぶりに胃の話です。
胃をぶっ壊してから、ちょうど2年ぐらいたちました。
それからH2ブロッカー薬「アシノン」様と共に歩んできた僕ですが、
ここで経緯をおさらいしておきましょう。

2010年のこと。

ブログには書いてないけど、年越しのハワイ旅行で食いすぎてひどい胃もたれになった、っていうのが、そもそもの不調の始まり。今思えば2009年末あたりから崩壊がはじまっていたのかもしれない。。。
1/15 胃の不調の初の記事
1/18 初のH2ブロッカー「ガスター10」を自力処方 頓服的に飲んでいただけなのですぐにまた悪くなってた。
1/23 ギブアップして医者へ。 ニザトリック(アシノンのジェネリック)+ガスモチンと、もう一つ何か忘れたけど薬を出された。
1/24 少し回復?
1/27 回復…かと思いきや、ひどい吐き気で寝れない日 いまでのこの時の辛さは思い出す…。
1/28 再度、診察。薬継続だけど、胃カメラの予感
2/4 食後に苦しくて動けなくなる症状が出てきた。胃カメラを覚悟。 今思えば、H2ブロッカーは連続して2週間ぐらい飲まないと効果が出てこないんだけど、このころは薬を飲めばすぐによくなるものだと勘違いしていたため、焦った。
2/8 また少し回復、薬継続
2/12 再度医者へ。胃カメラ決定!
2/16 胃カメラ実施、地獄のレポート
2/20 H2ブロッカーを毎日飲んで、少しずつ回復 口内炎ができたりしてた。
3/2 90%ぐらいに回復して、毎食ちゃんと食べられるまでに回復

3/19 治ったとおもってガンガン食べて、再び胃もたれ

8/14 再び胃もたれ
8/30 1か月アシノンを飲み続けて回復

10/7 胃の調子70%ぐらいをウロウロ

そんな感じで、2010年以降、
・数か月に1度、胃酸がドバドバ分泌されて胃壁が壊れる
・ほとんど食べられなくなり(食べると苦しくて動けなくなる)、医者へGo
・アシノンを処方され、2週間、毎日朝晩のみつづける
・回復して元通りになる
以上、再発の繰り返しで、2年間が立ちました。
ちなみにピロリは陰性。

そして、去年つくば市に引っ越したので、新しい医者に移行することに。
前は、品川は青物横丁の胃腸系のお医者さんにかかっていて、
まぁ苦しい苦しい胃カメラ初体験もそこで済ませました。
つくばの医者も、いずれ胃カメラを再度やることを想定して、経鼻のカメラをもっているトコに。

今日初診で4週間分のアシノンをたっぷり処方されてきました。
これでだめなら胃カメラを申し出ようかと思ってる。

しかし、なんでこんなになったかなぁ。。。
たぶん東京リーマン生活のストレスなんだろうなぁ。
(自分ではまったくストレスを自覚してなかったけど)
2010年末ぐらいから一番調子が悪い時は、本屋を回っていると眩暈が起きたりしていたので、
たぶんストレスで自律神経がイカれてきた=変な緊張状態が発生して胃酸が出まくるんだと思っている。
胃の調子が悪いときには、連動して体調が悪化する気がするし。

で、つくばに引っ越してきて、自営業やりはじめて、
最近は、胃の調子が良い期間が長くなってきたかな?
と思っていたけど、やっぱダメらしい。

コツコツと行くしかなさそう。。。

自分の裁量で仕事を切れる素晴らしさ

いやぁ、超絶バタバタ。。。

実は今月初めから、ちょっとヨメが風邪をこじらせて入院中。
もうかなり回復してて、あとは退院を待つだけなので大丈夫です。

本当に、いままで見えないものが見えた2週間だ。
元の生活に戻っても、今までとはさらに色々と考え方変わるかも。

ちなみに娘は僕と共に実家に戻り、祖父母が面倒を見てる。
僕は実家から片道1時間の車通勤の日々。

とにかく、やっぱり健康は一番。
健康がなくなると、それまで考えてきたこととか、本当に陳腐なものに見えて、
自分の見る世界観が一変する。

でも健康バカになってもしょうがなくて、
どうせ健康なんてどこかで損なわれるのは確かなんだから、
明日死んでも後悔しないように変なプライドをどんどん捨てる、
他人の言うことに影響されず、自分だけを信じてやりたいことだけをやる。
それが一番だなと、改めて確信した。

そして、自営業はこういうときに、ある意味、強いと思った。
自分の裁量で仕事を切ってリスクを取れる自由がある。もちろん収入下がるけど。
けど収入が下がることと嫁の健康なんて、天秤にかけるまでもなくて、
これが東京でサラリーマンやっていた頃に同じ事態になってたと思うと、ぎょっとする。
サラリーマンは裁量を持っているように見えて、実際はしがらみが多すぎて、
2週間の有給を取るなんてのはほぼ不可能。つまり、そもそも天秤にかけられない。
いや天秤にかける気になればかけられるんだけど、精神的にかけられない。
特に出世を狙えば狙うほどに、評価を下げるネタはもみ消したい考えが強くなるから、
稼げば稼ぐほど、稼げない事態をゴマかさないと、いられなくなる。
もちろん、出世に興味もたない選択をした人なら、2週間ぐらい取れるわけで、
ある意味その選択をした人は正解かもしれない。

肝心なのは選択の自由を持っているかどうかだ。
VCからカネ借りて雇われ社長はじめたら、自営業と言えども、
家庭の事情で勝手に仕事を切ったりはできないし。

あと、やっている事業の内容によっても変わってくる。
今やっている自営業のネタは、自社製品というか、
受託みたいな対面の商売じゃないので、緊急事態になっても単純作業をやれば
少額だけどお金が回っていく。
微々たる金額でも不労所得みたいなのがあるってのは、本当に心強い。

自営業をやっていて、そして親元に近い郊外にもどってきて、心底良かったと思った。

あとやっぱり、Web業界にいたころに必死になって頭を働かせて追い求めていた事、
例えば、世界を変えるアイディア・技術だとか、メディアへの露出だとか、
アメリカのシリコンバレーの動向だとかは、本当に墓穴だったんだなと、強く思う。
そもそもそれがサラリーマン思考だった。
心底、見の程を知らなかった、バカだったと思う。

自営業脳になりつつある今は、
とにかくWebでも不動産でも小売でも飲食店でも、
何でもいいから金を稼いで、一番自分に近い人間を幸せにして、
それでもカネがあまったら、もう一回り近い人間を幸せにして、
そういう考えで行くことだけを考えてる。

近々退院するので、妻と娘の3人生活が戻るのが楽しみ。

ゆりかごのうたを唄う嫁を見て

「ゆりかごのうた」

言わずと知れた、ジャパニーズ子守唄の超有名なナンバー。J童謡。
タイトルだけ聞いて分からない人も、
youtubeで検索すりゃあイッパツで「あーこれか!」と分かるはず。

今日、外出先から自宅に帰ってきた時のこと。
寝室にいったら、嫁が子供を昼寝のために寝かしつけてたんだけど、
その時に、ゆりかごのうたを唄ってる姿を見て、なぜか衝撃受けた。。。

嫁のことは学生の頃から知ってるけど、
学生だった嫁が、今や子供を寝かしつけようと子守唄を唄ってるわけで、
今日ほど「ああ、遠くに来たもんだ」って思ったこと、なかったかも。
一児の母親になったんだっていう実感がすごかった。

あと、ゆりかごの歌のメロディが持つ、なんつーかこう、世代を超える力というか、
2012年になっても普通に歌われるって事に、感動した。

さっき思わず歌詞を調べたけど、メロディだけじゃくて詞もいい。

ゆりかごの歌を かなりやがうたうよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ

ゆりかごの上に びわの実がゆれるよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ

ゆりかごのつなを 木ねずみがゆするよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ

ゆりかごの夢に 黄色の月がかかるよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ

カナリヤ、びわ、木ねずみ までは全然わかるっていうか、
絵本に書けって言われたら描いてやるよ、ぐらいに具体的なんだけど、
4番目になって突然、ゆりかごの夢に黄色の月がかかるよですよ。
突然の抽象的な描画。

具体、具体、具体と、子供でも理解できる記述が続いて、
「あー子供向けの歌だねー カナリヤかわいいよねー びわの実知ってる~?」
みたいなレベルかと思いきや
突然の子供おいてけぼりのガチ抽象。
いったいどうしたの、というぐらいの豹変。

それはまるで、子供に目線を合わせるかのようにしながらも、
最後の〆で、キッパリと、果てしない大人の世界の大きさを教えるかのような。

ふと映画バトルロワイヤルで北野武のセリフ思い出した。

「お前ら大人なめてんだろ?なめんのはいいよ。
 だけどな、これだけは覚えとけ。
 人生はゲームです。
 みんなは必死になって戦って、生き残る価値のある大人になりましょう」

いや、まったくもって教育的じゃないけど。。。

ゆりかごのうたから、だいぶ逸れた。

とにかく、シンプルで素晴らしいJ童謡によって、
感動したというお話でした。

ぜんぜん関係ないけど、赤いホンダFit君は諸事情により整備工場に入院となりました。。。
一週間ぐらいで帰ってきてくれるかなぁ~。。。