格差とか社会保障とか

最近考えているような内容をだらだらーと書いてみます。 この年になると、格差だとか社会保障だとか、国家運営のための基本的な理念や考え方にも興味が出てくる。 俺たち、なにしてんだろう?とか、なんで働かなきゃなんねーの?、なん … “格差とか社会保障とか” の続きを読む

最近考えているような内容をだらだらーと書いてみます。

この年になると、格差だとか社会保障だとか、国家運営のための基本的な理念や考え方にも興味が出てくる。

俺たち、なにしてんだろう?とか、なんで働かなきゃなんねーの?、なんで税金払わなきゃなんねーの、なんでこの金額なの、なんで国会は揉めてるの、とかそういう疑問についてぼけーっと知っていくと、最後に行き着くのはチームとして生き残るという話に帰着する。

むかしむかし。まだ文明がなかったころから、同じだ。外部に敵がいて、自分一人じゃ生き残るにはリスクが高い。だから群れて行動しよう。群れるだけじゃ効率的じゃない。リーダーを決めて、運動神経のわるいやつはそれなりの適材適所の役割を与えて、全体としてリスクを吸収するとさらに効率がいい。だんだん組織は強くなる。

が、外敵に対して余裕ができてくると(つまり、平和が長く続くと)内部では必ず内乱が発生する。それまで外敵から逃れるという統一の目標に目を向けていたのが、その必要がなくなって、こんどは内部の不満にたいして行動のエネルギーを使うようになる。いまの政治や産業の腐敗も、もちろんこの国が世界一豊かだったことの代償に違いない。

そして、気づいたときには、内乱が油断を呼び、ついには外敵に対する脆弱性になっていく。そんで、さくっと食われてしまう。国で言えば、侵略されるか、もしくは傀儡国家に成り果てるか、ってところだろうか。

65年、戦争をしなかった。アメリカとの安全保障条約を根幹にして、ジャイアンに守られながら、復興を目指して成長した。成長が終わって、僕たちの世代は、ある程度のツケを払うことになった。けれども引き続き十分に平和で、危機は見えにくい。国力は減衰しつづける。ゆっくりと死んでいく感じ。ゆっくりは、こわい。もしハッとするような危機があれば必死になるだろうに、ゆっくりと駄目になっていく。気づいたときにはもう遅い。

道はもうたぶん1つしかないと思っている。国はもう個々の国民を守りきれない。全体のつじつま合わせのために国民から犠牲が出てくる。だから、自分で自分のことを守るしかない。

がんばる!

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