日経ダイヤモンドの貧困の記事

普段からあんまり雑誌かわないんだけど、今回の日経ダイヤモンドは思わずかってしもうた。特集は「貧困」で、いまの日本の最貧困層の実態がいろいろ書かかれている。どれだけ情報が正確なものか判断できんし、ちょっと煽り気味のバイアスがかかってるのは承知の上で読んだけど、まぁとりあえず色々考えさせられた。

数字の上での貧困のうらに常に見え隠れするのは、疲弊した人々の心というか、記事の中にもあったように「孤独」だったり、基本的に人が人を支えるという構図が変化していることが伺える。「汝隣人を愛せよ」も、ぶっちゃけ響かないわけでして。

気になったのは、社会が成熟する過程で、この段階は一般的なモデルの中で説明ができるのか、ってこと。細かい違いはあれど、この国のこの状態は、たとえば古代ローマなり、中国なり、いろいろな国々が世界で数千年に渡って経験してきた変遷をメタファーとして説明できないのかということ。もし、そういう視点から勉強になる本があったら教えてください。

んで、個人としての俺はいったい今なにができるかというと、日本で起きている貧困の話とは結びつかないわけで、「そういう机上の難題に首突っ込んでる暇があったら労働して金稼げ」的な正論もあり、まったく答えには行き着きません。つーかこの手の話は答えなんて無いのも27年間の試行錯誤で心得ているはずなんですがね。でも自分自身なり嫁なり子供なりに直接降りかかってくる火の粉がありそうで、まずは日経ダイヤモンドを読んでみてる感じ。

まぁ自分の身は自分で守る以外になくて、やっぱ人生って甘くないよね、という身構えだけが強くなっているこの頃です。楽観的に考えれば、眠たい御託を並べるアナリストをネタに喘ぐ雑誌メディアがエンターテインメント化させてるだけで、危機感だけ募る空気が個人消費を冷え込ませて貯蓄に回させてる気がしないでもない。

ひとつ言えるのは、共同体が破綻するのなら、もうひとつ上位の共同体でなんとかツジツマを合わせるしかない、ってことですかね。国が駄目なら世界規模ですね。で、世界がだめなら宇宙人にでも頼ってみるか、という話。

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