抑圧と幸せ

スーダン政府を転覆させた軍人と民衆が歓喜して銃を空に向けて撃ちながら踊る動画を見かけた。

必死になれること、打ち込めること、夢中になれること、自分自身の存在を賭けて戦えること、運命を共にする仲間と時間を共にすること、が映っていたように見えた。動画に映る人たちは本当にうれしそうだった。

制約が創造性を生むように 、抑圧が喜びを作る皮肉。

芸術家フィル・ハンセンの「限界は創造性の源である」という話のエピソードが胸に刺さりすぎる「クリエイターの精神力はすごい」
https://togetter.com/li/1218295

だとしたら、僕たちが囚われてるのは、暴君じゃなくて、「抑圧が幸せ作るという仕組みそのもの」なはずなんだけど、一方で僕たちが種として生き残ってきたのは、その仕組みを獲得したからこそなんだよね。

その設計に、美しさ感じる。ほんと、アートだなぁ。

スマブラ

会社のアルバイトの学生さんがみんなスマブラやってるので人生で初の格ゲー始めたんだけど、超おもしろいね。
ゲームといっても相手の心理を高速で読む力が必要だから、仕事の能力に直結するんじゃないかと思ったので、学生さんの面接指標に入れようかしら。

空気の変化

アラフォーになったのか、時代のせいなのか、周辺の疲弊がうかがえるようになってきた。
特にFacebookやらTwitterやらインスタやらメディアを見てるとそう感じる。
空気の変化ってやつ。
つい先日も、Facebookで一応名刺交換がわりにつながっていた薄~い知り合いの「これが最後のコーヒー。」という投稿。
有象無象の美味そうなメシの写真やら旅行の写真やら御託やら無味無臭の分析の合間に、リアルな投稿が挟み込まれる。

僕はたまに「逃げたい」「辞めたい」みたいな単語でTwitterを検索してる。
普段自分から見えている範囲のものなんて、無意識に自分がフィルタした、都合の悪いものにフタをしてきたものだからね。
フタをするのは人間だから仕方ないんだけど、自分がどんなフタをしてるのかぐらいは、確認しておきたい。

国が右肩下がりの中で、個々の人々の表に出ない疲弊が溜まってる。
今でこそ、この状況だから、あと5年もすれば、悪い意味で、景色はガラッと変わってるだろう。
多分、俺たちの世代は長い夢から醒めることになるんだろな。