恐竜博2016と高校以来の上野公園

深夜2時だけど、窓を開け放っていても気温が気持ちいい。
昼間は30度超えて、もう暑い。

土曜日、家族4人で電車に乗って上野でやっている恐竜博2016に行ってきた。
というのも、上の子が突然恐竜に目覚めたらしく、
図鑑を買ってあげたらそれなりに見ているので、
それじゃあ現物のデカさを教えてやろうということに。

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ティラノサウルスの骨を見てそれなのに楽しんでいる様子。
自分も、こういうの見るのはいつぶりだろう。
何十年ぶりな気がする。

本当にこういう動物がいた時代があったんだなと思うと不思議だ。
恐竜からすれば、自分の骨が6500万年後にネズミの末裔共の見せ物にされているわけだ。
必然と偶然がわからなくなってくる。

実に17,8年ぐらいぶりに上野公園を歩いた。
最後に来たのは覚えている。高校2年生の時だ。
どこに座ったのかも覚えていた。
やっぱり風景はそれほど変わらない。
石やら木やらは、10年20年では、そう変わらない。
10年20年ですっかり変わってしまうのは人のほうだ。
その当時のまま残っている人なんて誰もいない。
みんなの頭の記憶にはそれぞれわずかに残ってはいるけれど、
誰もその時代が何だったのかわからないままだ。
こじつけては現在の飯のタネやら酒のツマミにしているぐらい。
世の中の有象無象の出来事の一つというロジックはもちろん理解はできる。
けど、自分にとっては、有象無象は話で聞いただけで、
やっぱり唯一知っているのは、ただひとつの自分の体験したことだけだからなぁ。

悔いなく生きたいと思うけれど、悔いなく生きるなんてそもそも無理だし、
何をすべきだろうなぁ、と今日もひたすらに自問しつづける日々でございます。

営業効率

難しく言えば、構造のモデル化、簡単に言えば、世の中の仕組みを知ることが全てだ。
仕組みを知るために必要な情報をとにかく集める。
情報がなければ勝つことはできない。
気合いよりも、労働時間よりも、知名度よりも、なによりも幅広い情報が行くべき道を指示してくれる。

情報は、効率よく取り入れるアンテナが重要だ。
情報を取り入れるにもコストがかかる。アンテナの効率と同じだ。

例えば、とにかく誰でもいいから人とつながって、
毎晩のように東京に出て酒を飲んで話込んでいたんじゃ、効率が悪くて話にならない。

それこそ、世の中の構造をおぼろげながらでもいいので把握して、
もっとも効率的に思える人物なりにターゲットをしぼり、
ピンポイントで情報を取り入れていく。
そして構造がすこし明らかになれば、またピンポイントに打っていく。
最短かつ最大効率の情報収集だ。
そういう意味で、僕は一般に言われる営業的な意味よりもさらに高次の収束をしたい。
根底には無駄嫌いがある。無駄は嫌いだ。本当に、無駄と思える事をするのは耐えられない。

助けたい人も育てたい人も恩返ししたい人も、たくさんいる。
効率だ。ノールール、既成概念を取っ払って、他人の物差しじゃなく、自分の物差しで、
自分のために最も効率がいいことだけをやる。
他人や周りの言うことに踊らされず、
常に自分だけを見つめてそれができるか。参入障壁はそこなんじゃないかと思う。