娘がハイハイ

先日、娘がハイハイを開始。
ぎこちないロボティックな動きながらも、自由を獲得した娘は、
いままで7か月間も寝たきりだったマットから這い出し、
部屋の各地へとお出かけしております。

あと、ストローでお茶を飲ませようとしたら、
ストロー見てまったく理解できてなかった。

そうかぁ、ストローを吸うっていうのも、知らないのか・・
と、妙に感心してしまった。

離乳食も2回食になったらしく、だんだん人間化が進んでいる。

育て、育つんだ!

もしも日本の方針を指し示す立場になったら。。。

もしも仮の話として、
自分が日本が進むべき方向を指し示さなくてはいけない立場に立ったとしたら、
どういう方向を指さすか??
暇つぶしに考えてるんだけど、
いまの時点でのまとめておく。

とにかく、経済成長を追うのはもうやめたほうがいい。
資本主義の行く先は自滅しかない。
結局のところ国家や経済の成長は恒久的なものじゃない。
大量生産、技術革新による効率化、技術で補えない部分の単純労働化。
どの時代もどの国を見ても、農村からの出稼ぎ労働が国家の成長を支えている。
貧富の格差を利用して外貨をどんどん獲得することで高度経済成長を迎える。
資本主義は、安い人件費をイナゴのように食いつくすモンスターだけど、
その源泉は貧しい人々のお金への憧れと夢だ。
だから、夢でキラキラしてる国は成長する。逆も然り。
ポイントは資本主義で先進国にたどり着いた国がどうなっていくか。
農村部まで物質と情報で満たされた国がどうなるか。
単純に、源泉となるお金への憧れと夢が消える。
人件費もあがって単純労働で取れるパイはどんどん小さくなる。
こんな状態になっても、夢とキラキラ時代のやり方を忘れられずにいるのがこの国だ。
総オヤジ化したこの国が、元気いっぱい働き盛りの若者の国に負けじと頑張ろうとしてる。
本当にカッコ悪いこと、この上ない。
カッコ悪いだけならまだしも、中年オヤジの頑張りは体に響く。
いまこの国の未来を壊そうとしているのは、精神だ。
一番元気が良くて才能のある若者がみんな、暇つぶしに生きてる。
見渡せば高齢者と介護で苦しんでる家庭だらけ。
その大人も大人で、子供には勉強していい大学に行けとしか言わない。
もういい大学でいい会社という時代に未来はないのに。

で、僕の意見。

資本主義の舞台から降り、疲れた体を休めるためにこの国の必要なのは、ずばり鎖国。
荒治療だけど、アメリカの横で鎖国して、原則として内需ベースの経済に切替える。
どうせ地理的な関係があるから貧乏になったところでアメリカの後光は簡単には消えない。
アメリカに対して土地をもっと開放して、対アジア拠点として使ってもらう。
世界経済の中では、アメリカの砲台置き場、それだけのための国になる。
でも世界経済と資本主義は、もう追ってはいけない。くれてやればいい。
その方針に沿えない人間も出てくるのは仕方ない。
その場合には新しい建国でも認めさせればいい。
イギリスがアメリカの故郷であるように、
日本はそういう日本から生まれた新しい国の故郷になるべく、
高度な生活水準と伝統と文化をもって、小さく小さく長く長く生きられるようにすればいい。
イメージとしては、長生きしてるのに品のいい老人。
これだね。

都会と地方の違い

土曜日、最初の会社時代の同期と飲みがあった。
自分はドライブと仕事の関係で車で行ったので飲まなかったけど。

そのうち1人は、大学時代からの、もう10年以上の付き合いなんだけど、
飲みの帰りにその友人を都内自宅まで送っていくことになり、車の中で久しぶりに色々と話をした。

バタバタと上司が鬱で退社していく。
取引先の外資IT企業の話を聞いていると、成果主義がすごくて、成果主義にも弊害もある。
日本人には成果主義は合わない。護送船団で沈む時も皆一緒。
世の中すべて政治だ。
政治をやっている人間の立場からすればITなんてのは政治の道具に過ぎない。
東京のサラリーマンは病気だ、みんなで亡霊を追いかけて、変だと思いながらも歩いてる。
サラリーマンで仮に年収が1000万になったとしてもそれは命の安売りだ。
結局はみんな小さいプライドから逃げられず動いてる。
仕事の内容なんかより人との出会いとつながりのほうが100倍も大切。

とかとか。
卒業して6年経って、長いのか短いのかわからんけど、ずいぶん年とったとった。。。
自分も周りも、人生折り返し地点に来た感ハンパない。

もう20代で持ってた夢は、ほとんど便所に流した。
いまは、家族と気の知れた仲間が、食うに困らず、ほんの少しの自由を持てるような、
そんな共同体を死ぬまでに作りたいっていう、けっこう明確な夢ができた。

夢っつーか、もはや夢でもなんでもなくて超現実そのものなんだけど。
政府も世間も信用ならんから、小さい小さいセーフティネット自分で作るか!みたいな。

それって、普通の村社会の発想だなぁ。

あー、、ちょっと答え出たかも

都会と地方の違い、そこにある力学というか支配の法則って
一体何がちがうんだろうと、ずっとずっと疑問におもってたんだけど

村社会こそ社会の基本単位で、
たぶんそれは人間がサルだったころから脈々と受け継がれている権力と群れの構造そのもので、
一方、都会っていうのは、人間がサルじゃなくなったことによって(武器とか科学とか)出来あがったもので、
村社会(サル的構造)の嫌なところにうんざりした人間が「何か幸せがあるに違いない」的あつまってできたもので、
たぶん、みんな漠然とした幸せを夢見てるところなんだと思う。

で、実際のところは、村社会も都会も、結局どっちもどっちなんだろうなぁ。
どっちで死ぬか、趣味だなぁ。

重なるねぇ。。。起業1年で学んだこと

良くない知らせは重なるっていうけど、ほんと重なるわ。
仕事、面倒な事案が半日のうちに押し寄せて調整中。
まったく開発に時間が割けなくなりそうで、ほんと面倒なことは早く終わらせたい。
が、メシの種にもなるかもしれないし、舵取り難しい。
開発とまって自社製品つくれなくなってもジリ貧だし、
どこを生かしてどこを切るか、という選択。

で、1年でいろいろ学んだことを、ならべてみる。

まず、仕事は複数並列は基本無理という話。
スイッチングコストが大きくて2個が限界。
同じ単価の仕事でも期間が長いのはリスクでかい。
バッティングしたときに身動きとれなくなる。
そういう点で自社製品+受託1本のスタイルは理想的。

次、なんとなくしか予想していないことは失敗するという話。
明確にゴールまでの計画をイメージできて、
イメージをなぞるだけの状態にもっていかないと危険。
イメージとの乖離を感じたら修正入れればいい。
やばいのは稼いだり作ったりするイメージをわからないまま、
なんとなく面白そうだからと勢いで始めるケース。
勢いも一考っていう話もあって、それもまた配分なんだけど、
とにかくメインの事業は勢いベースはありえない。

さらに人。明確な指示なしに、自主的な動きを期待するとほとんど失敗する。
もちろん指示することがマイナスに働く人もいる。
完全裁量or完全支配の2択だと分かった。
いちばんよくないのは中途半端。

そしてコミュニケーション。
面倒だけど、こまめに意思疎通する。
打ち合わせとかじゃなくても、簡単なメールとかメッセとかでok
疎遠になると、よくない方向の妄想が広がりやすい。
なんでもいいから話す。

さいごに挨拶と手土産。
クッキーでもハムでもいいから1000円でも2000円でもいいから
とにかくなんでもいいからノシ付けて渡す。
記念日、時節のあいさつ、とにかく物はなんでもいい。
考え出すと面倒だから仕組化してもいい。
相手はそんなことを求めていない。
送る行為自体に価値がある。