twitterに時間を吸い取られてた

もうネット歴15年だけど、だらだら目的のないネットのサーフィンやってると、ものすごく時間を吸い取られる。
仕事とか勉強とか婚活とか、何かしらの目的のためにネット使うのは超便利だけど、
なんとなく面白いから、的な使い方だと本当にやばい。

最近、めっきりtwitterを見なくなって実感した。
特にtwitterとかSNSの時間の吸い取られ方は危険。
常に近くにしゃべり相手がいるような状態だから、思わず見ちゃうしつぶやいちゃう。
サラリーマンの暇つぶしならいいけど、常に動かないと死んじゃう自営業にとって天敵。
100時間twitterをしていた人と、
100時間ソフトウェアを書いていた人と、
100時間名刺をばら撒いて営業した人、
その中で一番ロスってるのは、100時間twitterをしていた人だと思う。
100時間テレビのバラエティ番組見てる人よりはいいかもしれんけど。
かろうじて、自分の知識になるような話だとか、プロモーション的な側面があるけど、
そんなのは、twitterで失われた人件費をリアルマーケットに同額投じれば、比べ物にならない。
このブログ書くのも自己満足と相殺する分だけロスってるわけだけど、
延々と続くtwitterはヤバい。

とにかく、「良い物をひたすらに作って多くの人に売る」、
それに必要な具体的なtodo、例えば取引の可能性のある人と会ったり、
分からないことを本買って調べたり、営業資料を作ったり、バイトしてくれそうな学生と話したり、
それ以外は、極力リソースを割かないようにして、超絶集中して、しばらく頑張ってみる。

15年分のデータ

いま、過去15年分ぐらいのハードディスクの中身を整頓してるんだけど、
なんかもう脳が忘れ去ったことが大量に残ってて、やばいよこれ。
15年って膨大な時間なのかも。。。
要点要点だけをたどると、あっというまだけど、細かい文章だとか写真を見ると
ちゃんと1秒1秒がそこにあったんだなぁと実感する。
授業のレポート、論文、作ったソフトのソースコード、
合コンの写真、友達とのメッセのログ、毎日のメール…
15年前なんて一番人生で元気な時代のデータだから、ほんと、ひどい内容だわ。

そういう視点から今の自分を見たら、
なんかもっと生き急いで弾け飛ぶぐらいにハンドリングしても
いいんじゃないかという気になってきた。
いや忘れていたほうが幸せなのかも、という気もしなくもないけど。

そういえば、つくばに初めて住んだのが2000年だから、12年経つんだけど、
12年で、道路とか建物とか景色はそれほど変わってはいない。
つくばは結構街が大きく変わったほうだと思うけど、それでも変わってない。
よくよく見ると店がつぶれてたり看板が変わったりしてるけど。

じゃあ、10年とかの単位で時間がたったときに、一番変わりやすいのはなにか?
って考えたら、これはもう明白で、人。
人が10年たつと、何もかも変わっちゃう。
特に10代後半からの10年なんてのは、付き合う人も変わるし、
自分の性格もガラッと変わる。

だから、町の様子はほとんど同じなのに、自分の立場があまりにも当時と変わっていて
そこに一番の衝撃を受ける。
今から10年後は、また同じぐらい、変わっているんだと思う。
というより、変わっているようにしたい。。。

塩原までドライブ

出身研究室のOB合宿に参加するために那須塩原までドライブしてきた。
もちろん、Peugeot 207CC、快晴なのでオープントップ!!
花粉がひどいけど、耐えるだけの価値がある快晴度合!

北関東道

294を北上して真岡市まで行き、北関東道に乗り、そこからオートクルーズで那須塩原まで走りきる。
2.5時間で到着。

帰りは、鹿沼から一般道で帰ってきた。
夜中だったのですんなりと帰宅。

さすがに合計5,6時間も運転して、超疲れた。

合宿、OBとして発表もした。
その中で、いままでは学生相手におもしろい発表して学生ウケを狙ったりしてたけど、
今年は、まったくその興味が失せていたことに気づいた。
ここ数年で自分の価値観がガラッと変わったんだな、と改めて実感した。
学生ウケを狙ったところで、目的のものは手に入らないのよね。
中途半端な「おもしろい人」ブランディングは、血も金にも遠い。
発表して、顔を売っておく、それで十分。
時節の挨拶みたいなもの。

でも、恩師のプレゼンからは、今回も刺さる言葉をもらった。

「自分の立場にプライドを持ってください。
 結局、最後にはプライドがすべてですから。」

それは、本当にその通りなんだろうなと、直観で思った。

生まれてから延々と理想論を叩き込まれて、一気に弱肉強食・理不尽の塊のサル山に放たれる

嫁が退院し、2週間以上に渡る実家への避難生活&父子家庭の日々が終了!
方々へお騒がせいたしました。ご心配おかけしまして申し訳ありません。

今回お勉強したこと「血縁」

2週間以上実家で生活したのは、実に高校生以来、12年ぶり? もはや、高校生当時のサル的な自分とはまったく違っているわけで、生活の中で見えるのは年取る両親と自分、次世代の子供。そんな環境の中にずっといたら、なんか血縁て本当にすごいなと思った。運命共同体っていうほうがいいのかな。ムカついても泣いても共同体。世の中で確かなものなんてほとんど無いわけですが、血縁ってのは、それが良いものかどうかはケース・バイ・ケースなものの、間違いなく、超強力なものなんだと肌で感じた。血で作られた以上、血からはどうやっても逃れることはできない。

血縁なんて意識したこともなかったけど、
なんかこういう経験すると、
やっぱり人一人なんて小さいんだなと、スッと頭に入ってくる。

あたりまえなんだけど、若いうちって、それになんで気が付かないんだろーか。。。

生まれてから延々と理想論を叩き込まれて、一気に弱肉強食・理不尽の塊のサル山に放たれる子供。
それと、生まれてから理想論も知らずに支配一色のサル山しかなかった時代の子供。
どっちも、どっちかな。

何度目かのアシノン処方、胃を壊して2年経過

久しぶりに胃の話です。
胃をぶっ壊してから、ちょうど2年ぐらいたちました。
それからH2ブロッカー薬「アシノン」様と共に歩んできた僕ですが、
ここで経緯をおさらいしておきましょう。

2010年のこと。

ブログには書いてないけど、年越しのハワイ旅行で食いすぎてひどい胃もたれになった、っていうのが、そもそもの不調の始まり。今思えば2009年末あたりから崩壊がはじまっていたのかもしれない。。。
1/15 胃の不調の初の記事
1/18 初のH2ブロッカー「ガスター10」を自力処方 頓服的に飲んでいただけなのですぐにまた悪くなってた。
1/23 ギブアップして医者へ。 ニザトリック(アシノンのジェネリック)+ガスモチンと、もう一つ何か忘れたけど薬を出された。
1/24 少し回復?
1/27 回復…かと思いきや、ひどい吐き気で寝れない日 いまでのこの時の辛さは思い出す…。
1/28 再度、診察。薬継続だけど、胃カメラの予感
2/4 食後に苦しくて動けなくなる症状が出てきた。胃カメラを覚悟。 今思えば、H2ブロッカーは連続して2週間ぐらい飲まないと効果が出てこないんだけど、このころは薬を飲めばすぐによくなるものだと勘違いしていたため、焦った。
2/8 また少し回復、薬継続
2/12 再度医者へ。胃カメラ決定!
2/16 胃カメラ実施、地獄のレポート
2/20 H2ブロッカーを毎日飲んで、少しずつ回復 口内炎ができたりしてた。
3/2 90%ぐらいに回復して、毎食ちゃんと食べられるまでに回復

3/19 治ったとおもってガンガン食べて、再び胃もたれ

8/14 再び胃もたれ
8/30 1か月アシノンを飲み続けて回復

10/7 胃の調子70%ぐらいをウロウロ

そんな感じで、2010年以降、
・数か月に1度、胃酸がドバドバ分泌されて胃壁が壊れる
・ほとんど食べられなくなり(食べると苦しくて動けなくなる)、医者へGo
・アシノンを処方され、2週間、毎日朝晩のみつづける
・回復して元通りになる
以上、再発の繰り返しで、2年間が立ちました。
ちなみにピロリは陰性。

そして、去年つくば市に引っ越したので、新しい医者に移行することに。
前は、品川は青物横丁の胃腸系のお医者さんにかかっていて、
まぁ苦しい苦しい胃カメラ初体験もそこで済ませました。
つくばの医者も、いずれ胃カメラを再度やることを想定して、経鼻のカメラをもっているトコに。

今日初診で4週間分のアシノンをたっぷり処方されてきました。
これでだめなら胃カメラを申し出ようかと思ってる。

しかし、なんでこんなになったかなぁ。。。
たぶん東京リーマン生活のストレスなんだろうなぁ。
(自分ではまったくストレスを自覚してなかったけど)
2010年末ぐらいから一番調子が悪い時は、本屋を回っていると眩暈が起きたりしていたので、
たぶんストレスで自律神経がイカれてきた=変な緊張状態が発生して胃酸が出まくるんだと思っている。
胃の調子が悪いときには、連動して体調が悪化する気がするし。

で、つくばに引っ越してきて、自営業やりはじめて、
最近は、胃の調子が良い期間が長くなってきたかな?
と思っていたけど、やっぱダメらしい。

コツコツと行くしかなさそう。。。