知人が死ぬこととか、キッズ・リターンとか

すごく誤解招く書き方かもしれんけど・・・
なんだか最近、死を意識しながらの発言が多くなってきた。
いや、別に死ぬ予定があるとかそういうわけじゃないし、むしろ大変元気ですから、そういう意味ではないのですが。

最近、友だちとかに対して、
「健康には気を付けたほうがいいよ」とか「体力のあるうちにしかできない」とか
そういう話を出すことが多くなってる。
ブログでも、健康を損なうこと前提の考え方とか、かいてるし。

いやほんと、突然あなたガンですって言われるとか、交通事故に会うとか、致命的でなくても、
難しい病気になるとか、いつかほぼ確実に来るわけじゃないですか。間違いなく。
事実もう闘っている人もいっぱいいる。

20代のいままではそれがリアリティを持てなかったけど、最近は本当にリアルで、
また縁起でもないこと言うなって感じだけど、友達だとか30代だし、死ぬ人も出て来てもおかしくない。
そんで死ぬのは自分かもしれない。死ななくても、避けられない不幸になるかもしれない。

そう考えると、たまに会う友人を見て元気そうだと安心する一方で、
「じゃあまたな」と別れ際には、これが最後かもしれないなと思ったりもする。

「いつまでもみんなと元気でいられたらいい」と思ったりもするけど、
まぁ現実的にみんな健康そのものなんて無理。
みんな病気するし、病気をしなくても、なんかの不幸になるわな。ならないわけないもん。

つか、人生なんてそれが普通なのに、20代はあんまりにも健康が常識だから、気が付かない。
いやぁ、バカだよね。ほんとふりかえってウケるわ。バカだったわ。

そう考えるからこそ、逆に最近ものすごい元気で、
いままで臭いものにフタをしてきた死と病気について、少しずつ向かい合いはじめたことで、
変なプライドとか理想とか追いかけなくなってせいせいしてる。

うまくつながり表現できないんだけど、

北野武の映画で「キッズ・リターン」ってのがあって、
学生のとき、大好きだった女の子が好きだったから見た、っていうだけだったけど、
いまさら、あの映画の意味、たぶんこれなんだろうなぁ、とか思ったりしてる。

30才とかこのぐらいの年になって、みんな一度、学生に戻る感じ。

学生のとき、子供心に加え、健康も自分の才能も無限にあると信じ切って社会に飛び出して、
健康と才能の有限さに気が付いて、
5年とか10年ぐらいで挫折して、
重荷になっていたプライドとか理想を捨てて、
もう一度子供心からやり直す感じ?

まぁ、挫折とかなく仕事つづけて40,50才になってる人も大勢いるわけで、
どっちがいいとか悪いとかじゃなくて、趣味なんだけど。

とにかく出し惜しみ無しで、元気に頑張る。

エレクトロニクスに初めて触れた頃の想い出

思えば初めてはんだゴテを握ったのは、小学生の時だった。
20年も前の話。
当時から、ゴミ捨て場からテレビを拾ってきては、ドライバーですべて分解していた。
基板の上に意味のわからない部品が並んでいて、日常ではない、異世界がそこにあるんだと感じた。

ある日、父に秋葉原に連れて行ってもらい、簡単な工具ポーチを買ってもらったのが出会い。
そのポーチの中には、ドライバーやニッパーのほか、簡易なハンダゴテが入っていた。

実はいまでも、その工具ポーチを使っている。
もう当時のハンダゴテは捨てたけど、ドライバーは20年前のものをそのまま使っている。
たぶん死ぬまで使い続けるだろう。

小さい頃に連れて行ってもらった秋葉原にオフィスを構え、
小さい頃からどんな時も手元にあった工具ポーチが、
今でも手元にあることをシンプルに誇りに思う。

秋葉原では、父にガード下の部品屋に連れて行ってもらった。
細かい電子部品が嬉しくて、それでも意味が分からないから買うにも買えなくて、
仕方ないから当時も意味が理解できたワニグチクリップを数個買って帰ったのを覚えてる。

中学の時には、電子工作の本を買って、秋葉原に一人で向かって、
部品をそろえて工作をしたこともあった。
ただ、高校になると、パソコンとインターネットに出会い、ソフトウェアの世界に行ってしまった。

いま30才目前にして、自分の会社で、エレクトロニクスの仕事をしようとしてる。
電子部品もしっかり自分で選定できるようになった。部品の意味も分かるようになった。
回路を設計するようになって、異世界だと思っていた世界を、なんとなく理解できるようになってきた。

自ら動く経営者にもなりたい。
同時に、ニコラ・テスラのような人間でありつづけたいと思う。

深夜、つくばから横浜・東京まで運転

変な時間に寝てしまい,夜に寝れないので,一人で都内の深夜ドライブをすることに。
深夜ドライブはちょうど学生時代によくやってた。
何年かぶりに走ったけど、やっぱすげーいいわ。

深夜1時出発で、朝5時半帰宅。約200kmのドライブ。


▲GPSで記録した走行履歴

初の圏央道。つくば中央ICから、常磐道へ。
なんか対面通行で片側1車線だから、有料道路って感じ。
まぁデカい高速作っても仕方ないからそんなもんか。

常磐道から守谷SAでジュースを買って、一気に首都高へ。

このドライブ,秋葉原のオフィスに寄って荷物を持って帰ろうかと思ってたけど,すんなりと首都高に入っちゃったもんで,欲が出た。横浜方面まで遠征して,大黒埠頭のPAまで行く気になった。C1は、左回りかな、右回りかな~と悩んだ末、いつも左周りなので、今回は右回りで行くことに。

C1から1号線に入り、横浜方面へ。
途中、つい2ヶ月前まで住んでいた芝浦のマンションのすぐ近くを通過。
さらに1号を進むと、2カ月前まで勤めていた会社のオフィスが見える。というか、会議室の窓からボーっと首都高を見てたりもしたので、立場がまったく逆だ。

2カ月前なのに、もう根本的に生活が違う。首都高から見る都内の街並みはホントにすんごい綺麗で、それこそ7,8年前に同じように都内にドライブに来ていたときには、いつかは都内に住んでみたいと思ってた。けど、まぁ住んでみると夜景なんてどうでもよくなるし、そんな余裕は仕事の忙しさとセカセカした雰囲気に奪われるし。結論として、深夜のドライブで高架橋の上から夜景として見ているぐらいが一番実用的なのかもと思ったり。

そんなことをボケーっと考えながら車を走らせ、横浜へ。K1を南下、K5から大黒埠頭PAへ。大黒埠頭PAといえばベイブリッジを下から眺められるので、学生のデートコースに超おすすめ。金かからないし、ドライブだから高い酒を注文するリスクもないし(笑)終始二人っきりだし。

で、大黒埠頭で少しボケッとした後、秋葉原の事務所に向かうため、湾岸線を北上して都内へ。
お台場まで戻り,マイナーな10号線から豊洲で首都高を降りて、一般道へ。
築地を抜けて東銀座から昭和通りに入り、あとは秋葉原まで北上。

朝4時、自分の会社の秋葉原事務所に到着。
観葉植物に水をやり、筑波に持って帰ろうとしていた荷物を取って、帰路へ。

ちょっとドライブ疲れしてたけど、同じ道を帰るほど退屈なことはないので、一般道というか国道6号を延々と北上して茨城まで帰ってみることに。土曜の深夜4時だと、いったいどのぐらいの時間で帰れるかなーとか。

そしたら、わずか30分で松戸あたりまで来た。
あとでGoogle Earthで見たんだけど、秋葉⇒松戸と、松戸⇒柏の間ってあんまり距離って変わらないのね。
さらにどんどん6国を北上。深夜なもんで、信号にぜんぜん捕まらない。空も明るくなってきて、朝焼け。
5時には取手市あたりまで戻ってきて、そこからは、旧伊奈町の農道をショートカットしてつくばへ。

さっすがに運転疲れて、少し眠気も出てきてクタクタだったけど、やっぱドライブ最高だわ。
都内に住んでて、いつかまた深夜に自由にドライブしたい、という夢が叶った。
感無量。

実は今日も,なんか蒸し暑いので,涼みに,近くの福岡堰に行ってきた。

田舎の空の星がすごい。もうたまらん!