娘から初めて感じた人間っぽさ

自分はむかしからヒトに対してすごく興味がある。だからヒトの発達過程として自分の娘を観察すると、本当に興味深い。

1才5か月になった娘、最近は言える単語が増えてきた。単語と言っても、発音は日本語の音になっていない。普段一緒に過ごしていない他人から聞けば意味不明な言葉にしか聞こえない。けど、発音と意味の対応付けが明確になっている。よく言われる言葉を挙げてみる。【】は発音。

花【アナ】
石【イシ】
葉っぱ【ハッパ】
バック【バッk】
靴【クッツ】
手【テ】
目【メ】
足【アティ】
鼻【ハナ】
パン【パン】
ご飯【ハン】
にんじん【ディンディン】
トマト【トート】
ブロッコリー【クリィ】
お茶【オテャ】
お母さん【カャタン】
お父さん【トォタン】
あった【アッタ】
赤【アッカ】
丸【マンッ】

名詞が圧倒的に多い。それも、日々の生活、特にご飯や遊びに直結する具体的な名詞が多い。当然と言えば当然だけど。

「あった」が面白い。妻が、娘が知っているものを見つけた時に「あったね」と話かけていたら、覚えたらしい。もちろん細かいニュアンスなんて学習していないので、何かが登場すれば、人に対しても言う。僕が部屋に入ると「あった!」と言う。哲学的。

名詞の中でも、トマトとかバナナみたいに具体的なもの以外に「丸」や「赤」を言う。丸は、マンホールや水玉模様、ボタンなどを指さして言うので、丸い形状を指すために使ってることは間違いない。赤は、物が違っても、おもちゃやクレヨンの赤い色を指して赤と言う。もう抽象的な特徴を分離する能力が備わってる。

そんな娘を見ていて、「頭の中では分かっているけれど表現方法を知らない」状態なんだと思った。名前がつけられる対象、たとえばトマトは、もう頭の中にはできている。それを親の言う「トマト」という音を結びつけてる。

また、結びつける対象は必ずしも音声じゃなくてもいいらしい。たとえば、娘はボールは「ボール」と言わずに、手を丸くするサインで伝えてくる。それでコミュニケーションが取れているから、いっこうに積極的に「ボール」とは言わない。手話が、音声による言葉の代わりになっているのも、すごく納得できた。

でも、そんな娘の言葉の発達を見ていて思ったのは、言葉ってのは本当にヒトの機能のうち「付加価値」の部分なんだなということ。頭でっかちのサルとは、よく言ったもんだ。娘を見ていると、生死を賭けて言葉を話ているんじゃなくて、親と楽しくなりたいとか、親に伝えたいとか、あくまで高次な欲求を満たすために言葉を覚えてる。というか、もし言葉を覚えないと死ぬとしたらサルは生きられないはずで、逆説的に考えれば、言葉は本来生死を分けるためのものではない、つまり生きることがほとんど確定して、その上でさらに必要性があるから言葉が生まれた。そりゃ言葉の通じない外国にいっても餓死では死なないわな。

で、今日、言葉よりもずっと娘が成長してることを感じた事件があった。

そもそも、言葉がいろいろ表現できるようになっている娘を見て、成長してるなーーとは思っていたけど、心のどこかでは、大人である自分とは全く違う「コドモ」っていう別の生き物みたいなイメージが抜けていなかった。

今日、娘が(100%おっぱいを要求しているんだけど、おっぱいとは言わず)妻に「んーーんーー」と何か欲しそうな態度をとってきた。ときどき、「おっぱいが欲しいのを察して」っていうニュアンスでそういうことをする。けど、妻は忙しくて娘の相手をできていなかった。ここで、いままでなら、ワーワーと泣きはじめて、ダダを捏ねてた。コドモってのそういうもんだなと思っていた。

けど、突然、顔を真っ赤にして、ギリッとした目をして、怒って黙り込んだ。妻も自分も、明らかに今までと様子が違うと思ったので、そっと「どうしたの?」とか「何か欲しいの?」って聞いてみても、ガッツリ怒りの顔で黙り込んでいる。頭を撫でても、目を合わせず他の場所をにらんでる。それで「おっぱい飲みたいの?」と言ったら、突然ものすごい勢いで泣き出した。我慢崩れた感じで。

それを見て、ああ、これ、これが人間だわ、こいつ人間になってきてるわ、と思った。

花をハナと言えるとか、丸い物を丸って言えるとか、そんなのは人間の一番上っ面の部分で、べつに偉くもなんともなくて、それよりも人間の持つ一番すばらしいというか凄いものは、この、言葉の及ばない、ぐちゃぐちゃで真っ赤なものをおいてほかにない。単に「心」って書けばいいんのかもわからんけど。

もし、他人に気持ちを伝えるのに「私は本当に本当に本当に本当におっぱいが飲みたいです」っていう言葉だけを伝えたとしても、そのぐちゃぐちゃで狂いそうな程の気持ちのうち、伝わる部分なんて糞みたいなもんだよね。顔を真っ赤して、ギリッとした目で空中を睨み付けて、問いかけに対して黙り込んで、極まって泣き出すことが伝えるものに比べたら、言葉なんて、糞だよ糞。

とはいえ、娘はこれから付加価値だらけの現代社会で生きることになるので、花をハナと言えたり、学校のテストで100点取ってほしいわけだけど、それよりも、ぜひ、真っ赤な顔だったり、ギリッとした目とか、苦くして我慢できずにドバーっと抑えきれない涙とかを、ぜひ優先してもらいたい。人生どうやっても苦しいことから逃げられないんだけど、その優先順位を間違えなければ、苦しい中にも幸せを感じたりできるようになるので。

いやぁ、ほんとうにいい顔だったなぁ。

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