坂の上の雲

最近、NHKオンデマンドで坂の上の雲を見てる。
子供たちが寝静まってから、起さないようにヘッドフォンを付けて毎晩1話ずつ。

ドラマだと割り切ってみているけれど、やっぱり明治の時代背景に興味が出る。作中では明治はオプティミズムだと言っている。そしてフロンティアがあることが幸運であったような事を言う。ぜひ死んだ明治のエリートたちに聞いてみたいところだ。

今の時代は目に見えるフロンティアを失って久しい。明治の20代の庶民は貧困に喘ぐ日常の中に突如降ってきた国家というものに熱中した。一方で、自分の20代を振り返れば、末端のサラリーマンとしての仕事と、携帯電話とネットで半ば強制的につなげられたコミュニケーション手段のコントラストに翻弄されていた。いつの時代も若者は熱中できるものを求めている。ただ、今は分かりやすい物がないから、周辺の人間関係にエネルギーが費やされている。一見、国家だとか主義だとか、そういうものについては一番遠い時代にいるように見える。でも僕は、今もし分かりやすい敵が現れたとしたら、一気に火が付くのではないかと思う。しかもそれは、坂の上の雲のような、明治のオプティミズムとはかけ離れた、何か途方もない黒いエネルギーを原動力としたうねりになるような気がしている。

なにも変わらない日常の中で溜まったエネルギーが、行く先を失っている。
それは国家が大衆化する前の、民衆の心理そのものではないか。

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